意思

みなさん、お久しぶりです。

今年も日々時間の過ぎる速さといったら。夏は既にとおい記憶、秋も深まり、今朝はかなり冷え込みすでに冬の気配さえ感じられました。なんせ11月ですものね。夏の思い出は色々浮かんでくるものの、今年はビーチだプールだハイキングにビール、、といったシーンは殆ど皆無。ただ、仕事とアートに追われる充実した数カ月ではありました。秋、子供たちの新学期が始まり清々しい秋晴れのもと、街中の樹々は色とりどりに紅葉が美しく、そしてハロウィンあたりになると、ああ、今年も年末にも向かっているな、、、と感じ始め、現在に至る、です。

あっという間に過ぎ行く時間。人生の有効期限が終わる直前の瞬間まで私たちに与えられた貴重な宝物。永遠ではありません。ただ、限りがあるからこそ、自分自身の何か一つでも、特別なものでなくてもいいから、次世代に繋げていくことが出来たら、と考えてしまうのは恐らく人生も後半に入ったからなのかな、、と。それはたとえば小さな生活の知恵であったり、親から何度も聴かされた昔の小話であったり、母親から教わった伝統料理でもいい。

今、この瞬間の1秒、1分、1時間、今日1日という時間は、寿命の長さに問わず全ての人に平等に与えられているものです。それをどのように使うかは自分次第です。雇われて働いているから労働時間は自分次第ではない、自分の意思で動けない、と思うかもしれませんが、その仕事を得たのは自分の意思であり、その労力に引き換えお金を頂く立場であるならばそれは”自分次第”という枠に入ると思います。あなたが嫌々その仕事をやっていたとしても、その嫌悪感でさえ、自分自身の意思のもとに、自分次第の枠内で招いている、ということになります。その嫌悪感が習慣になってしまった時、人は、嫌悪感を受け入れ諦めの境地へ進むか、転機として方向転換するか、そこに身を置きながらにして密かに他のプランを立てるか、先々考えずにパッと辞めてしまうか。その対処の時間さえもが自分の意思、コントロールによるもの。もちろん、人ぞれぞれ、状況や性格によって対処が変わってくるのは当たり前ですが。

全てが自分の意思によって、と思い始めると、時間の使い方を改めて見直すことができるかもしれません。

今朝はすーっと身体に染み込むような冷たく静かな風が吹いています。この風を受け身に寒いなー、とこたつの中やヒーターの部屋で暖かく過ごすか、それとも、よし!っと冷風の中構わず振り切って進んでいくか、または、風の流れに沿って吹かれていくのか、、、。そんな決断も自分の意思のもと。

今日という日があなたの意思のもとに充実した素敵な1日となりますように。